20110126

旅をして、何を想うか スリランカ(2)


 旅をすることは昔からあまり好きでないです
小さい頃に少しだけ海外を転々とした経験があって、

その時経験した、感じた刺激のありすぎた出来事一つ一つがトラウマになってたりします。
イギリスでだって、辛いことがたくさんありました。
(写真はイギリスの写真です。今年は3000枚くらい写真撮ったww)

でもそれなのに何故旅をするのか。


答えは自分の思考を飛躍させる為です。

少しいかがわしい表現ですが、
私はそれに尽きると思ってます

見たことのないものを見ること

感じたことない空気を感じること
それらは全部大きなインスピレーシヨンとなる。

カントが著書、判断力批判の中で

「美と崇高」という概念に触れるのですが、彼の言う「崇高」
とは「自己更新」、いわゆる「リアリティーの更新」に不可欠な人間をより高次に高めるショックとして語られます。
また他の崇高について研究した学者たち(バーグなど)
もその例として登山などを挙げるのですが、旅から得るインスピレーションはそんな感じです。
恐怖にうち勝つ激しいショックのような類いではなくとも、
新しい価値観が生まれたり。
観光とかで色んなものを見るのは楽しいけど、結局その初めてみた「もの」を通して、自分を感化させること。
 
だから言っちゃえば、何を見るかなんか関係ないんですよね。
ただ異国の空気の下で何かを見るということは、そういうショックを起こしやすい。
もっと言えば、アート作品はそういう装置にもなり得る。
身近にあるショックになり得る。
そういう意味でもおおー!ってなるものは大好きです。
この写真、ゾウ、迫り来すぎて怖かったけど、圧倒されて、
とりあえずわけわかんなかったです。
さて、少しスリランカの話に戻すと、スリランカはインド系の黒人が多い地域なのですが、
植民地時代の名残で、プランテーションで儲けた白人たちももちろんいます。
そして、その白人が労働者として連れてきたインド南部の民族、タミール人がそのヒエラルキーの最下部。紅茶摘みは一生、紅茶摘みにしかなれない。
ひどい格差社会なんです。
だから、数年前まで内戦状態であった反政府組織「タミルの虎」は、それに反抗するような形で活動し、テロを起こした。
でも考えてみれば彼らをそんな不幸な境遇に陥れたのは、スリランカ人(シンハラ人)でもなく、またタミール人でもなく、
植民地支配を行ったイギリスなんですよね。
そう考えるといかに植民地支配はその国を潰すかが分かったような気がしました。
2代に渡る植民地支配はやっぱり文化もねじ曲げてしまうから、
「伝統的」なもの、風景を残すことができないんですよね。
だからこそ、たまにすごく気が重くなりました。
タイなんかの方がずっと行くには楽です。
日本は自ら近代化を推し進めて文化破綻して、まあいいことも悪いこともあるけど、
この国は他者の手によって文化破綻「させられた」 のですから。

この子たちが、この国の未来を一から創っていくんだなあ、これから、どうなっていくんだろうなあって思った旅でした。

まだまだ仏教とかこの国の面白いことは沢山あるのだけど、
いつかの折に引用するとして、今回のレポートはここまで。
また気が向いたら書くとします。

おしまい

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