20160105

Top 10 art exhibitions of 2015.

あけましておめでとうございます。

遅ればせながら2015年に実際に見た展覧会トップ10を書き出してみました。
展覧会評というより私の趣味的なものですが、備忘録も兼ねてあげていこうとおもいます。

1.DOUG AITKEN at Frankfurt Schirn Kunsthalle (Frankfurt am Main)

2.Soundscapes at National Gallery (London)

3.Hanger Biacca (Milan)

4.Dismaland (Weston-super-Mare)

6."LA MER INSOMNIAQUE"at Laura Bartlett Gallery (London) 

7.1st Asia Biennial / 5th Guangzhou Triennial "Asia Time" at Guangzhou Museum of Art (Guangzhou, China)

8.Spanish Pavilion at 56th Venice Biennial (Venice)

9."searching-devices" at basis e.v. (Frankfurt am Main)

10."Tokyo Art Meeting VI “TOKYO”:Sensing the Cultural Magma of the Metropolis" at MOT (Tokyo)


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1.ダグ・エイトケン フランクフルト・シルン美術館
最新のテクノロジーを駆使した映像インスタレーションをメインとした展示。
円形の巨大スクリーンを使った作品は新鮮な映像体験でした。
内側も外側も映像が流れることによって、観客は映像に「包まれる」ことも、「眺める」こともできる。
トレイラーもしっかり作られていたので興味のある方はぜひ。

2.サウンドスケープス ロンドン・ナショナルギャラリー
ナショナルギャラリーは中世やルネッサンス期の作品の展示が多く、企画展も興味を惹かれるものが少ないのでいつもスキップしていたが、今回ふらっと立ち寄ってみるととても新鮮な試みがされていた。
ルネッサンス〜印象派あたりのいわゆるマスターピース(セザンヌなど)一点と音をテーマにする作家(スーザン・フィリップスなど)のサウンドスケープを組み合わせて展示するというもの。
一枚の絵と音が共鳴する贅沢な空間で、ある意味「見飽きた」作品に新しい見方を与えることに成功していた。
作品を別のペースペクティブを持つものと展示し、新鮮味を持たせる手法を取った展覧会といえば、ロンドンオリンピックの年にグレイソン・ペイリーが大英博物館にて博物館のコレクションと自分の作品を組み合わせた展覧会が話題となり、美術館・博物館のアーカイブを使った展覧会の流行を加速させる形となった。(チケットが完売していたため大英博物館会員になりその展覧会を見たが、今でも印象に残る素晴らしい展覧会だった。)しかし、前回のベネチア・ビエンナーレの同時期にプラダ財団で行われた "When attitudes become form: Bern1969/Venice 2013”の再演を絶頂にアーカイブ展への新鮮味が薄れてきた中、この展覧会は異色なものであったと思う。
こちらも実際に展覧会場で流れていた作家のインタビューがyoutubeにありました。
3.ハンガー・ビコッカ
これは展覧会がよかったというか、建築含め、場がとても良かった。
キーファーのパーマネントがあることで有名な、ミラノ郊外の巨大倉庫群を改装したプロジェクト・スペース。
ミラノ中心部から電車に乗って数十分、そこからバスに乗ってまた数十分のアクセスの悪いところ(いわゆる移民の多い郊外)に位置していたが、一歩建物内部に入るとオシャレなミラノっ子のたまり場になっていた。
展示室は仕切りのない大きな場で贅沢に空間が使われ、私か見た時はJuan MuñozとDamián Ortegaが展示されていた。オルテガは2012年にロンドンのWhite Cube Mainson's Yardの展覧会と同じ作品がいくつか展示されていたが、今展の方が広くて薄暗い空間とマッチしていてずっと迫力があった。

現在はPhilippe Parrenoが展が開催中。とても見に行きたい。。。。

4.ディスマランド
様々な意味で「バズった」ことを考慮して4位。
実際に行ってみると展覧会としての完成度は高くなく、遊園地(エンターテイメント)としてはつまらないものだった。ディスマランドは実際に行くよりも、SNSなどで情報やビデオを見て関連する情報を見るのが健全な楽しみ方なのではないかと思う。
それくらい、ディズマランドのSNS戦略は見事なものだったし、日本から世界に情報を発信する際のストラテジーとして参考になるものだった。
同時期にカーステン・ヘラーがヘイワードギャラリーで開催されていて、図らずも遊園地的展覧会巡りになってしまったが、ヘラーは美術館で展示し、彫刻やビデオ作品も多くあったため、よりアートとして鑑賞ができた。
http://carstenholler.southbankcentre.co.uk

7.第一回アジアビエンナーレ/第五回広州トリエンナーレ
広州トリエンナーレを第一回アジアビエンナーレとして開催。
「アジア」を空間的にも時間的にも再考しようとする試みだった。
政治的なものが多く、慰安婦のアーカイブや戦争に関するものなど作品の傾向としては偏りがあったが、アートによって政治的問題も含め「アジア」を捉えようとする姿勢には好感を持った。
また、日本で「アジア」というと日中韓に焦点を置いたものがほとんどだが、シンポジウムにおいてもモンゴルの表現に関するパネルが開催されるなど、「アジア」の定義付けにも興味を惹かれた。
ただし、中国本土で行われているため、ツイッター、インスタグラム、フェイスブックが規制され、ほとんどSNSによって情報が流れないのが残念です。。

8.スペイン館・ベネチアビエンナーレ
今回のビエンナーレは今ひとつ。
いわゆる「第三世界」をメインテーマにする難しさが前面に出てしまっていたように思う。
そんな中でも私の好みだったのがスペイン館。
ダリをテーマに複数のアーティストのキュレーション展だったが、Pepo Salazarの作品がとてもよかった。

9.サーチング・デバイシーズ basis e.v.
2008年にフランスフルトにできたプロジェクトスペースでの展示。
気になっていたmikkel carlの作品を見ることができてよかった。
デジタル世代の新しい表現を模索する意図があったようだが、そのコンセプトは展示を見ただけでは受け取るのは難しかった。
いわゆるポスト・インターネット世代をまとめて見ることができるという意味で有意義だった展示。


番外編
クレマチスの丘
三島にある文化地区。晴れの日に行ったので風も日差しも心地よく、とてもいい思い出になった。ヴァンジ彫刻庭園美術館の野外展示が印象に残っている。

squarepusher 
恵比寿ガーデンプレイスにて11年ぶりの来日公演。前座は真鍋大度。
圧巻のプレイとVJだったが、最後の着ていた衣装を脱ぎスクリーンをオフにしてのギターパフォーマンスにはぐっときた。

七月大歌舞伎 
岡仁左衛門の絵本合法衢を南座へ見に行った。原作は四世鶴屋南北。仁左衛門の演技も素晴らしかったが、鶴屋南北のダークな世界観、それを表現するための演出もよかった。
話題となった阿弖流為やスーパー歌舞伎などもちょくちょく見たが一番印象に残ったのはやはり仁左衛門である。
http://www.kabuki-bito.jp/news/2015/05/post_1409.html


リチャード二世

蜷川幸雄演出、さいたま芸術劇場にて。若手とシニアが演じるシェイクスピア。
『リチャード二世』にあまり馴染みがないどころか今まで歌舞伎以外の演劇を見たことがなかったが、幕が開くと同時に引き込まれた。異国の物語を日本語で演じる不自然さを逆手にとったダイナミックな演出、俳優たちの迫真の演技、物語の骨太さは時間を忘れさせるものだった。
http://saf.or.jp/arthall/stages/detail/2040




20151116

静かなパリへ JR"24 frames per second"


パリでの暴動以降、いきなり文章を書きたいと思い始め、それは次第になにか書かなければならないという強迫観念のような感情となった
それはおそらくフランス革命という未曾有の出来事に直面した市民がそれを理解するために歴史を語りだしたように、311直後に多くのラッパーたちが相次いでそれについての曲を発表したように  私の中でまだ何かが整理されず、自分の手が届かずかつ見えないところにパンチを食らったような、そんな衝撃をまともに受けてしまったからのようにも思う。

二年前の今頃は一ヶ月ほどパリにいて、7区にアパートを借りていた。
(実は、その後はトルコに行、数都市を巡った。今なら絶対選ばない旅程であるようにも思う
2年で世界の情勢は随分と変わった。)
生憎一人でパリのクリスマスを過ごすことになったのだが、せっかくクリスマスにいるのだから面白いものが見れるよ、とフランス人の知人に25日は朝早く外に出て観光することをすすめられ、その言いつけ通り、24日は早く寝て25日の8時時過ぎには簡単な格好で外に出た。
一見何の変哲もなかった、その日のことを今でもよく覚えている。
24日の夜はイルミネーションがいたるところにあり、街は祝祭ムードでレストランには綺麗に着飾った人々で賑わっていた。
しかし25日の朝、その喧噪は全てどこかにいってしまい、ただ静寂だけがそこにいた
その静寂は音がないというよりも、大きな静寂がそこに佇んでいるような、そんな光景であった。

「誰もいないパリ」、それを一体誰が想像できるというのか。
パリは言わずもがな世界有数の観光地である。しかしその日はカメラを持って写真を撮る観光客もおらず、忙しそうに地下鉄の駅へと向かうビジネスマンもおらず、観光客目当てのプラスチックでできた安っぽいキーホルダーを売っている人の姿もみあたらない。
そこにはただ静寂のみが存在し、圧倒的な存在感のエッフェル塔が誇らしげにそびえていた。
−−本当に誰もいなかったのだ。

ふしぎと、そこで一人エッフェル塔を見上げても寂しさやむなしさは感じなかった
その前日に見た、クリスマーケット砂糖がいっぱいついたチュロスを買う人々写真を何度も撮り自国の言葉で談笑する人々…それらの余韻をその場所は持っていて、パリという街が包容している多くの時間と記憶を全身で感じることができた。それは、わたしにとってメモリアルなパリでの思い出なのだ。



しかし、その「誰もいないパリ」を今度はテレビのモニターを通して見ることとなった。
それが、11月13日である。
無差別的に人を傷つけるテロが発生し戒厳令の出されたパリで人々の生活は一時停止を求められた。
もちろん、パリといっても広い。中には開いているお店も街に出る人々もいただろう。
ただカメラを通しパリから世界へと発信された「誰もいないパリ」の映像はあまりにも生々しく、そこで起こった憎悪と悲しみの感情の爆発を直感的に理解するには、その1カットだけで十分すぎるほどであった

私がクリスマスのパリの静寂の中感じたそこにいた人々の時間、それはきっと誰もが憧れるパリという場で友人や家族と共有された、思い出幾重にも折り重なった時間であった。
しかし11月14日、それらの時間は憎悪と暴力によって打ち砕かれてしまったのである。

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ちょうど、11月8日からワタリウム美術館でフランス人アーティスト(私はアクティビストと呼んでもいいと思う)JRの個展が始まった。
友人の好意に甘え、幸運にもプレミア上映会に行き、作品を観賞後JRのトークも聞くことができた。
今回展示されている3つの作品のうち、印象に残っているものは世界同時スクリーニングが行われている、難民の問題を抽象的に扱った「エリス」とニューヨークバレエ団などとコラボレーションして作られ2005 年パリ郊外暴動事件をテーマに制作された「レ・ボスケ」だ。


それを見た日は難民問題も社会におけるアイソレーションの問題も関心のあるトピックだったため、いくつか思い浮かんだ昨今のニュースなどと結びつけて鑑賞をした。
しかし、今、これらの作品が同時に流されているという状態は偶然であるにしろ、ある種の必然性があったようにも感じられてしまう。

パリのテロ犯の一人がギリシア経由で難民申請をし、フランスへと入国していたこと、もう一人がパリ郊外出身であり、フランスでは社会において疎外感を感じているムスリムが過激思想に影響を受けやすくなっているということ。
これらのことが自然と私の中でJRの二作品にリンクした。
もちろん、厳密にいうとテロ犯の出身地と暴動が起こった「レ・スケ」に登場する場所は異なるし、テロ犯と作品に登場する人物を重ねるのはためらわれる部分もある。
だが、抽象化して考えた場合、テロ犯と「レ・ポスケ」に登場した主人公は同じよう社会の中で疎外された境遇にいながら一方は暴動という事件を越えてJRと出会い自分の手で未来をつかみとり、テロ犯は第二次世界大戦以降最悪の暴力事件を起こし、多くの人から憎悪されるシンボルとなり死亡した。(自爆したという表現の方が正しいのかもしれない。)

JRはトークの中で主人公のダンサーについて、彼はヒップホップのバックグラウンドを持つ異色のバレエダンサーであること、現在は(おそらくJRの作品に参加したことによって)奨学金を得ることができ、バレエについての学びを続けられる環境にいるとのことを話していた。
厳密に彼の言葉を全て覚えているわけではないが、それに続いて、JRは他者の人生に関わることができる素晴らしさを語っていたことを覚えている。
なぜかその漠然としか覚えてない言葉が11月13日のテロのニュースを見てから何度も私の脳内でリフレクションされるのだ。

JRが主人公のダンサーの本質的な部分まで向き合い作品を制作したであろうことは、映像を見ても伝わってきた。
それだけ主人公が過去を回想して語った言葉や、作品に織り込まれていた彼自身が撮った過去の写真には切実さがあったからだ。
また、それに呼応する事実(歴史的事実としての、記録としての暴動)のモンタージュ、
ダンスで事後的に表現される当時の複雑に絡み合った感情にも引き込まれるものがあった。
しかし、それら全てを総合して私が「レ・ボスケ」に於いて見たものは、
主人公一人の人生や彼にとっての人生のキータームとしての暴動事件だけでなく、
一人の人間、および誰かの人生と向き合う人の眼差しだったようにも思われる。
それはJRが「レ・ボスケ」においても、ここでは触れなかった「リヴァージュ」という作品においても「目」、すなわち眼差しの写真を中心のモチーフとしていることも関連するのかもしれない。


そして、その姿勢は「エリス」にも受け継がれている。
エリスが扱うのは自由の女神の近くに位置する「エリス島」における物語である。
1892 年から 1954 年まで、アメリカへの移住を夢見た1200 万人もの移民にとって、そこはアメリカへの最初の入り口であり、入国が認められない者たちにとっては、アメリカの最後の場所であった
JRはその場所にあった記憶を綿密に調査し、移民申請者たちが滞在していた廃病院に作品をインストールした。
「エリス」においてはロバートデニーロがそこにいた全ての人を象徴化し表象するが、その作品において感じたこともやはり、JRがアーティストとして向き合った、もうそこにはいない、何千人もの人生であり、彼のその人々に対する真摯な眼差しであった。

(作品のディティールについてはあえて割愛しているので、ぜひ展覧会に足を運んでみてほしい。
 東京、ワタリウム美術館で11/29まで
vimeoでもこれらの映像作品を見ることができるが、ワタリウムで展示されているものには日本語字幕がついているため、より内容を深く理解することができると思う。)

再度、話をテロへと戻そう。
私がテロのニュースを、それこそ全週末を費やす勢いでCNNやBBCを見、何度も思い出したこは、私が実際に訪れた25日の誰もいないパリの光景と、JRの作品に通底する彼の他者への眼差しであった。
Facebookでは多くの人がプロフィール画像をフランス国旗へと変更し、なぜフランスで起きたテロは人々を悲しませるのにベイルートのテロは国際的に話題にならないのか、白人が死なないテロはなぜ注目を浴びないのか、などという議論が多様な言語において行われた。
テロ被害者へと寄り添う心は尊く、尊重されるべきものだとは思うが、「フランス人の被害者」、「イスラムの加害者」などというざっくりとした括りで考えることは、状況を把握することには役だったとしても何の解決策も生まないだろう。
SNSで拡散されやすいような、きれいにまとまる情報の中には答えはない。

人種の坩堝であるパリで起きたこの事件では、様々な人種・国籍・宗教の人が被害者となった。
それがカフェやレストラン、コンサートホールなどダーイッシュが標的とする「西洋の文化を象徴する」ソフトターゲットを狙った無差別テロである以上、その中にイスラム教徒も含まれている可能性はゼロではない
イスラム教とテロリスト、もっと厳密にいうとイスラム教スンニ派の人とスンニ過激派組織に共鳴し、実際に行動を起こしたテロリストは自明のことながらまったく別の思想を持っている。
 
既に起こってしまったことに対しては、後戻りがきかない。
おそらくローマ法王が今回のテロを「第三次世界大戦」とも呼んだように、これ以上の惨事が起こる可能性も十分に考えられる。
そしてテロ被害国の軍事的な報復はこれからよりエスカレートし、憎しみは憎しみを、報復は報復を呼ぶかもしれない。
そんな中で個人は何ができるのか。(残念ながらそれはほとんどないようにも思われるが)
それはJR作品に示されていたような他者「眼差」ことのようにも思われる。
具体的でない漠然としたグループ、例えば「イスラム教の人」や「外国人」など私達は眼差しを向けることはできない。

震災後、ビートたけし氏の以下のような発言が話題となった。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

パリでのテロもこれとまったく同じなのである。それは、130人にも及ぶ人が無差別テロによって殺された事件ではない。
ランダムに選ばれた1人が殺された無差別テロが130件あったということだ。
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現在、エッフェル塔は消灯されており、ルーブル美術館などパリの主要施設も開いてはいない。
静かなパリが暴力によってもたらされたことに、今も大きな悲しみを感じる。
まだブラックアイドピースのWhere Is The Loveをかける時期でもないだろう。

悲しみは続く。そしてこの事実に、個人としてできることは微々たるものである。
それでも、痛ましい現実から目をそむけることは、もうしないでおこうと思う。

20140527

結局アートの正しい見方なんてものはない



(c)Marcel Duchamp

美術館に行ってもどう作品を見ていいかわからない。
美術史を知ってたらもっと楽しんだろうけど。
わけわからないものにお金を払うのはもったいない。
もっと単純にきれいなものがみたかったんだけど。


美術史をかじっていると言うと、3回に1回は言われるこれらの言葉。
たしかに、私もそう思って美術館が嫌いな時期もありました。
しかし、今現在、古代から現代までの美術史をだいたい網羅したという自負があるのですが、それでも「つまらない美術館や展示」には頻繁に遭遇します。
自分のケースだけで判断するのは少々乱暴かもしれませんが、その後、私は「作品を楽しむには美術史だけが必要なのではない」という結論に至りました。


(c)Martin Creed

そもそもの前提として、大きな美術館で行われている展示は、本当に「いいもの」だけを展示しているのでしょうか。

例えば、地方の公立図書館に行けば、その土地出身の作家の作品が多く所蔵されていたり、小さな展示コーナーがあったりします。
その地域出身でない人達にとっては、その作家たちは馴染みがなく、価値を見出しにくい場合もあるでしょう。
しかし、そこに住む市民は、小学生の時受けた「地域の特質を調べる」授業で調べ、少し経歴に対して明るい場合もあるかもしれません。
また、身近な場所である図書館にそういった展示があれば、幼い頃からそれらの資料に触れあい、愛着がわき、それらの作家の作品を読むことで、「故郷」のイメージが強められる場合もあると思います。


(c)Van Gogh

美術館の展示も、それと同じことです。
私にとっての具体的な例はアイルランドでの体験です。アイルランドはイギリスから独立しようと葛藤した時期があります。
当時の画家たちは一連の抗議活動や蜂起に発想を得て作品をつくりました。
ダブリンの美術館でそれらの作品をぱっと見た瞬間、その背景はわかったのですが、それが「名作」として扱われる経緯と私のリアリティーとの共通項を見つけるとは私にとって容易ではありませんでした。
このように、たとえ「美術館」という大きな権威がその価値を保証していたとしても、一個人がそれら全てを「価値のあるもの、価値がわからなくてはならないもの」とみなす強迫観念に苛まれる必要はないと思うのです。


(c)Robert Ballagh


以上の例だけを見ると、結局「経緯」や「歴史」が大事ってことじゃないか!と突っ込みを入れたくなる方も多いと思います。
しかし、本題はここからです。

みなさん、美味しい天ぷらは食べたことがありますか?
あるという方、なぜそれが美味しかったと言えるのでしょうか。
夕方スーパーで安売りされているものとどう違うのでしょうか。
美味しいと感じた理由は、本当にその天ぷらそのものの力でしょうか。
それとも、食べた時の天気やタイミング、一緒に食べた人などがその判断に関係してませんか。


私は、一度本当においしい天ぷらを大阪で食べたことがあります。
今では日本料理の代表格として語られる天ぷらですが、その起源に関してはポルトガルからきた等々、諸説あるそうです。
その天ぷらの歴史を詳しく知って天ぷらを食べると、天ぷらは前にも増して美味しくなるでしょうか?
答えはもちろんノーです。
たしかに、歴史を知るとある種の感動を持って天ぷらを食べることができるでしょう。
ただ、それは味とは関係ありません。美味しいものは美味しいし、美味しくないものは美味しくないです。
それでは、なぜとある天ぷらが美味しいと感じたか、それは以前食べた天ぷら(海外で日本料理が恋しくなって食べ失敗、お弁当の中に入っていて水蒸気で湿気てしまって失敗、等々)との比較から生まれた判断なのではないかと思います。

持論ですが、作品も同じようなものです。
村上春樹が好きな人は、よく村上春樹のどの作品がよかったかを語り、攻殻機動隊好きな人はどのシリーズがよかったかを語りますが、知らぬまに、「印象派=よい」、「ピカソ=すごい」の「常識」に自分を近づけようと必死でそれらを比較し、考え、口に出すことを忘れ去ってしまっていることがあるのではないでしょうか。
たしかにピカソは「すごい」ということには同意しますが、作品数のギネス記録を持つ彼の作品の中には「一級品」から「うーん、まあまあ」まで様々なバリエーションが存在します。


(c)Pablo Picasso

美術史を知った上で、作品を見ることがたしかによいことです。
しかし、美術史だけを勉強して、実際の作品を見ず、自分の経験値、比較対象としてのストックがなければ、作品の「味」はわかりません。

以前から運営しているCAS(Contemporary art studies)でミーティングを行った時、「白い絵を見て白い」ということが大切だ、という、当たり前にも聞こえる気づきを得たことがありました。
深い意味がわからず、脳内で「意味不明なもの」というカテゴライズをし、忘却のかなたに葬る前に作品に対して簡単な感想を持ってみて下さい。
そうすることで記憶にストックができ、偶然訪れた美術館の中の展示、または何回も行ったことがあるのにスルーしていた作品の中で自分にとってかけがえのないお気に入りが見つかる日が来るかもしれません。

最後に、自分の中で「よいもの」は常に変動します。
それは天ぷらの例であげたように、その人天気や気分、一緒にいる人など環境条件によって左右されるものです。
食べ物の場合は、口に入れ飲み込むことができるので、環境条件による影響は少ないという人もいるかもしれませんが、作品の場合は目で見、耳で聞き、「感じる」という、きわめて漠然としたアプローチしかできません。
それに、近年触れる作品は最近は増えてきたものの、ほとんどの作品はは近づきすぎると警備の方に怒られます。
しかし、それはネガティブなことではないはずです。
環境条件によって影響されるからこそ、その瞬間のみしか価値を持たなかったものも現れると思います。
それは、言い換えるとその時期のみしか出会えない価値を見出すことができるということです。
それらの経験がたくさんあると、あとから振り返った時、星と星が繋がって今に至るような、人生が鮮やかに見えるような効果を生むこともあると思います。


(c)Philippe Parreno

アートをみることがなぜ大切かと思うかということは、また近いタイミングで書ければと思いますが、ざっと「アートの見方」を私なりに書いてみました。
もちろん結論は、「正しいアートの見方なんかありません」ということです。
作品を見て楽しくなるまでに時間はかかるかもしれません。
しかし、一度その楽しさを味わうと、美術館に行ける週末が楽しみになるはずです。

次に展示を見る機会があれば、「一般的によいと言われているものはよい」という思い込みをまず捨て、気軽に作品を眺め、気に入った作品にどんなことでもいいので、感想を持つことから始めてみてください。
そして、誰のどの作品をどう思ったか、ぜひ教えて下さい。
みなさんがアートとよい時間を過ごせることを願っています。


P.S. 最近noteというサービスを始めました。
noteを始めてから、このブログとの兼ね合いを悩んでいるのですが、このブログの方がアートに興味がある方に見てもらう機会が多いのではないかと思い、今回は両方に投稿しました。noteには新しい可能性を感じているので、興味がある方はシステム等々を調べてみてもおもしろいかと思います。
そして、ずいぶんほったらかしにしているこのブログですが、もうすぐ3万5000アクセスになろうとしています。
いつも読んで下さってるみなさん、ありがとうございます。
またどこかでお話しましょう。

20140110

想像力と塀


居住地を移し早4ヶ月が経ち、知らぬ間に年が明けました。
年越しはカッパドキアのホテルの窓から控えめな花火を見ながら過ごしました。
波乱と挑戦に満ちるであろう一年の幕開けは、今までのどの大晦日よりも地味で簡素なものでした。



移動に移動を重ねた2013年は多くの発見と素晴らしい出会いがあり、刺激的な日々を過ごすことができました。
一度でも世界の頂点に立った国々、イギリス、フランス、ベルギー、ポルトガル、スペイン。
これらの国々を比べてみると、その栄光が完全に過去のものになってしまった国もあれば、まだ当時の影響力を維持している国もあります。


そして、例えば、私たちが「欧米」と言った時無意識に含まれる文化は、やはりそのヨーロッパ(アメリカ)の歴史における光と影が大いに影響してきていることがわかりました。
あくまで個人的な感覚ですが、日本で一般的に言われる「欧米」とは、アメリカ(の大都市)、イギリス、フランス、(ドイツ)のことなのではないでしょうか。
それは決してネガティブなことではなく、この混乱の時代にあってもヨーロッパ大陸の混沌を勝ち抜いてきている国々へのふさわしい称号のようにも思います。

しかし、その「欧米」の「欧」の字の中にも、様々な文化や感情が入り混じっているのが現状であり、当たり前とも言えるそのリアルを実感できたことが収穫です。

その顕著な例がポルトガルで、そこには大変興味深い文化や歴史がありました。
それはまた後に、時間があれば。

こうして知的探究心を随分と満たすことができた一年でしたが、その中では新たな疑問も生まれました。

ヨーロッパを中心に動いていると、日本とは違うベクトルの情報を眼にすることが多くなります。
それは、アフリカの現状、世界の人権問題、中東やロシアの情報、アメリカについての少し偏った報道などです。
その中でも私が興味を持ったのは、「無視していないのに、届かない声」についてでした。
報道があって、それを知っているのに日々の忙しさのうちに忘れてしまう声はそれにはあたりません。
「無視していないのに、届かない声」とは、どこかで誰かが助けを求めてるにも関わらず
それが何らかの理由でかすかにしか届かず、またその問題も私たちの「想像外の」ものとなっているようなものです。
例えば内戦後のシエラレオネ、リベリア、ハイチなどどこにあるピンと来ない貧困国の現状や、ユーロ危機で引き起こされたギリシャの社会的弱者の状況などがそれにあたります。

「『調べる』=(日本語の)ネットや書籍」で検索がかからない問題だけでなく、少し深く調べないと出てこない情報などは「あることさえも」想定するのが難しくなりました。
今、全ての情報がネットにあり、ネットにないことは嘘であるような迷信を抱いてしまっているのかもしれません。
しかし、世界でネットの整っている状況はほんの一部であり、識字率も考慮すべき問題です。

そういった現状を自分の目で見ることが大事だとしても、治安が安定していない地帯に乗り込むことはあまり賢い方法とは言えません。
それ以前に、私たちが渡航できるのは日本と国交が確立されているところなのです。

あまりに情報に溢れてしまった私たちは、その過剰さに飽きてしまって
どこも変わらないような風景を見、間延びした日常を送りがちですが、最近の発見は、世界を自分の物差しで測って見くびってはいけないということをまた思い出させてくれました。

本を読む、旅をする、映画を見る、展覧会に行く。
そうして私たちは想像力を養っているつもりでも、それは安全という名の下に囲われたものかもしれないし、想像力を囲っている塀の存在に気づくことは本当に難しい。

今まで良さがわからなかった有名な作品は、美術史を学ぶとその良さを感じることができました。
しかし、今、次のフェーズとしてぶつかった疑問は、それは私が主体として感じたよさなのか、歴史のレールがそれをよいと思う風に一方向に誘導したために、深く考えずさもそれが自然かのようにに受け入れてしまったよさなのか、というものです。
そういった価値に関わる分野限らず、私たちの想像力は規定され、消耗していることを感じます。
果たして本当に想像力は無限なのでしょうか。


「美しさを忘れてしまった人は、世界の果てまで旅しなければなりません」 
というよく知られた本の冒頭の引用は、ある種真実なのかもしれません。

話を戻すとさて、今までの想像力の外にある情報を知ってどうするのか。
それに衝撃を受け、国々を支援するという直接的な答えも一つではありますが、それはもう安直な気もします。
私の中でも知ってしまった責任は重く響きますが、まだどういう答えでそれに応えられるかは未知数です。
(その一つの知った責任を果たすべく、久しぶりの更新をしています。)
そう思う一方、この後味の悪いもやもやは、ポジティブなものと捉えています。
ポストモダンの混沌とした諦めから抜けだす突破口を見つけなければならない
私たちの世代は、まず世界をフラットにみせる見えない塀に気づかなければ進まない。

それを自戒にしつつ、今年も邁進していきたいと思います。


おわりに
どちらも大変遅くなりましたが、報告を二つほど。
8月15日に東京、恵比寿のbar MUDAIさんにて、CASがプレゼンをさせていただきました。
パブリックなところでプレゼンテーションを行うのは二回目の試みでしたが、
これからもまた続けていければと思います。
http://www.contemporaryartstudies.com


7月14日ー15日、京都アンテナメディアで三回目のキュレーション展を行いました。
近年ますます曖昧になる「キュレーション」という言葉を、空間の機能と照らし合わせ考察を試みました。
悪天候の中多くの方が来て下さり、熱い議論をすることができました。
http://www.kansaiartbeat.com/event/2013/DE57


この二企画を通してお世話になった皆様、お越し下さった皆様本当にありがとうございました。
この場をもってお礼申し上げます。

20130328

デュシャンのおもしろい話とネルソンのおもしろくない話


ロンドンはこのところ雪がちらつき、皆春はどこいったの!と嘆いています…。かくいう私も、日本の桜の写真をみて、ここにいると考えられない春の日差しを遠い目をしながら待っています。

serpentine gallery Fischli/Weiss  Rock on Top of Another Rock  8 March 2013 - 6 March 2014

前回まではシリーズで物語の構造について、3度続けて書いてきたのですが、今回はそれについて発展させて考えていければと思います。
タイトルはデュシャンのおもしろい話とネルソンのおもしろくない話。
Barbican Centreで行われたデュシャンの展示と、Matt's Galleryで行われたネルソンの展示を比較したいと思います。

London City Universityは、「Barbican Centre(バービカンセンター、Centreはイギリス英語 Centerと同じ意味)」というかなり大きな芸術複合施設を持っています。展覧会会場だけでなくシアターやコンサートホールも完備していて、カフェレストランは安くておいしく、木曜日は夜10時まで開いています。ご飯を食べる約束ついでに展覧会も見れるのでなかなか優秀なところです。以前は石上純也さんの展示や、雨の中を歩くとセンサーで感知して雨粒が人をよける作品なdが展示されていました。
今回のデュシャン展はDancing around Duchampというタイトルで、ビジュアルアートだけでなく音楽、ダンス、演劇、映画とコラボレーションさせるというものでした。(冒頭の映像がとてもいいです)

ビジュアルアートの部分は交友があったジョンケージ、クリス・カンニガム、ラウシェンバーグ、ジャスパージョーンズが紹介されていました。
2年前、ヘイワードギャラリーでジョンケージ展にて、ケージの講義の録音を聞いたことがあったのですが、そこではまず「自分はデュシャンから最も大きな影響を受けた」と語られていて、この関連性には納得のいくものでした。また、私が訪れた際は運よく会場でコンサートが開かれていて、ケージの「Ryoanji(龍安寺)」が演奏されていました。(現在ガゴシアンギャラリーではラウシェンバーグの作品が展示されています。)
「現代アートの父」とも言われ、現在も多くのアーティストに影響を与えてるデュシャン。
私の経験からいっても、現代アートの講義でも最初に教えられる作品は「泉」でした。
しかし、今まで「デュシャン展」に幾度か足を運んだり、常設展にあるデュシャンを何度も見てきたのですが、彼の作品はビジュアル的にそんなに面白くない、というのが私の意見です。
見飽きたというのも一因として考えられるし、コンテクストが複雑すぎるというのも考えられますが、今回、その要因について考えて見たいとおもいます。
バービカンの映像でもいわれていたように、デュシャンはそれまでの伝統を破り新しさを作った人です。バービカンの展示では、「artとlife」の折衷というようなセクションがあったり、彼が生み出したハイブリッドさについて語られています。
彼の作品はそれまでのアートの文脈や社会に呼応するように作られ、天才だったが故に理論も複雑で難解です。大ガラスのメモなどは未だに解明されていないとも聞いたこともあります。

文脈がしっかりしていて、独自の理論がある、そして謎が多い。
デュシャンの作品の傾向は要約するとこんな感じなのではないでしょうか。
そして、この条件が揃うと何ができるか。
答えは、論文が書きたくなる……………です。
そこで、私が割とストンと納得できたのは、デュシャンはバービカンが提示したような諸ジャンルにも影響を与え、近くなっただけではなく、アカデミズムにも近いということです。
文脈化して、書籍を出し、積み上げていくのは今でもアカデミズムが担っています。
美術史もアカデミズムなのだから、デュシャンが重要視されるのはごく自然なことです。
だから、デュシャンはアカデミズムにとって、「おもしろい話」となるのです。

ここで、少し気分を変えてネルソンの話をしたいと思います。
タイトルで「おもしろくない」と切り捨ててしまったのですが、ここまで来るとその意図を分かっていただけると思いますが、いかがでしょう。
例えば、ネルソンの経歴を省略するために、第54回ベネチアビエンナーレの感想ブログをリンクします。彼の作品への感想は最後に「単に視覚的効果のみの雰囲気重視のパビリオンに終わってしまっていた。」と締めくくっています。
彼はイギリス出身のアーティストでインスタレーションを主に制作します。そして、彼の作品は保存されないもの(サイトスペシフィック)なものがほとんどを占めます。イギリスのアートの最高峰ターナー賞を2001年に受賞。tate britainには彼の迷路の作品「The Coral Reef」が常設されています。

彼の作品を要約すると、「得も言われぬような、おどろおどろしい」という文章に尽きると思います。
今回の展示のコンセプトも、今までの彼の展示を総括して、「存在すること」を主眼に置きながら「存在と不在」を混ぜ合わせる、というような何とも曖昧なものでした。

さて、このような作品をいかにしてアカデミズムの文脈付けることができるのでしょうか。
彼の作品は、何を言ってもなんとなく的外れな、「それは個人の見解による」、「証拠不足」などと却下され、挙句100年ほど後に「当時の社会状況と呼応した」などと言われそうな作品です。
すなわち、アカデミズム的に「おもしろくない」作品なのです。
そして、それは同時に何を意味するか。
「言葉で説明すればするほど面白くなくなる」、「百聞は一見に如かずです」と言いたくなる、そういう結論です。

多くの哲学者が指摘するように、私たちは見ているものを正確に言葉で言い表すことは不可能です。言語コミュニケーションは、代替えのテクニックです。
それを、言語に落とし「学問」という形式を作り出し、文脈をつける努力を、人間は古くから行ってきました。
これもよく言われることですが、「歴史」は「書かれたもの」の積み重ねです。

しかし、分類をできないけどなにか気になるから残っているもの(オーパーツ)、徒労だと言われながらも有名なもの(フィンガネス・ウェイクなど)どうしても年代で分類することしかできなかったもの(エゴン・シーレなど)はたしかに存在します。そうして、今の現代アートの多くは、こうした物語をつけにくい、(アカデミズム的に)「おもしろくない」状況にあります。


アカデミズムとアートの密接な関わり。当たり前の前提として私たちはそれを知っていますが、再考してみるとたしかに!!!!となることが多いのではないでしょうか。
そして、そういったものからはみ出てしまうものを「おもしろくない」と切り捨てることはできるのでしょうか。アカデミズムや歴史への接近は、作家側から積極的に行うべきものなのでしょうか。それとも、無視をしていいのでしょうか。または、アカデミズムの担ってきた役割をマーケットが乗っ取ろうとしているのでしょうか。
実際ブログに投稿する際も、ネルソンのような作家には難しさを感じます。
けれど、私はこれについて独自の見解があるのですが、それについてはまた機会があれば書こうと思います。
今日はこれまで。また私をどこかで見つけたら、みなさんの意見を聞かせて下さい。

おわり。

参考url
haywardのjohn cage
http://www.gramophone.co.uk/features/gallery/john-cage-exhibition-opens-at-hayward-gallery

gagosian ラウシェンバーグ
http://www.gagosian.com/exhibitions/robert-rauschenberg--february-16-2013

Matt's gallery
http://www.mattsgallery.org/
ネルソンと同時開催のスーザンヒラーもおすすめです

20130319

垂直、平行、または円 物語の拡がり③


A Bigger Splash: Painting after Performance(Tate Modern,11/14-4/1)

前々回から、展評を交えながら主題の設定、物語の作り方について考察を行ってきました。
三部作の最終章です。
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平行型の物語と垂直型の物語、それぞれに面白さや深みがある両者ですが、
線を描いみてもわかるように、両者は平行または垂直の地平を持って拡張し続けます。
しかし、ネガティブな見方をすると、その物語は縦横に広がっていくだけで、
次のステップへの目覚めは鑑賞者に委ねるしかありません。
それではどうすればいいのか。
答えは円型の物語です。

円型の物語とは、その名の通り、一つのトピックについて
完結した物語を作るということです。
例えば、99年から2000年に以降する時、世界各国でパニックが起こりました。
細かく見ると様々なバリエーションがあり、それぞれ違った問題が起こったはずですが、
それを「00年パニック」と包括してしまえば、円型の物語が完成します。

円型が垂直型や平行型と異なるところは、まず物語のラベルに着目させるということかもしれません。

美術史では、モダニズム期の歴史は直線的に語るべきではない、と言われることがあります。
様々なグループ(ダダ、未来派など)が乱立した時期は互いにそれらが影響し合ったのだから、と。

(写真はTate Modernの壁です)

寄り道はこれくらいにして、Tate Modernで行われた展示を見ながら、
そういったことについて考えていければと思います。

A Bigger Splashはイギリスを代表する作家、デビットホックニーの作品のタイトル/言葉から来ています。

副題はPainting after Performanceで、イントロダクションでは、1950年以降の
「パフォーマンスとペインティングの関連性」を探求し、
「パフォーマンスがいかに現代のペインティングの可能性を拡張したか」を探ると書かれています。
こんなタイトルをつけられるとまず思い浮かぶポロックが、
ホックニーの作品との対比と共に始まり、
次の部屋では今や世界の定番となった具体とイヴクライン。
ウイーンアクティビズム、ブラジルのオイティシカ、草間弥生などアジアのアーティスト、
1970年代から始まった「変身」系の作品と続きます。
以降はアーティスト個人に焦点を当て、
Edward Krasinski,Marc Camille Chaimowicz,

Joan Jonas,Guy de Ciuntet,Karen Kilmnik,

IRWIN,Jutta Koether, EiArakawa(実験工房)、Lucy McKenzie

が展示されています。

感想としては、最初の流れを追うパートはパフォーマンスが先行し、
ペインティングの定義が拡張、消滅していく様子が丁寧に追われていたのですが、
個人に焦点を当て始めると、最初の主題がブレてきているような気がしました。
スペースが膨大すぎる割に物語が簡単にまとまってしまったのかなという印象です。

しかし、そのメインの物語より、特筆すべきはキャプションの書き方でした。
一般的に作品名またはアーティスト名が先に書かれますが、
今回のこの展示では、先に国名が書かれていたのです。
作家の選択からも分かるように、作品は世界中から集められ、
それは、「パフォマンスとペインティングの関連性の追求」が
「世界共通のアートの主題である」という前提でキュレーションされていました。

キャプションの初めに国名をつける。
そういった小さなことでも、世界的な視野を持ってキュレーションされたことが示唆できる。
小さな工夫で主題の核心を見せる技術には感服しました。

そして、この包括的な視野。
これは円型の物語です。

円型の物語の構造に話を戻しましょう。
包括する、客観的な視点で完結した一つの物語を作るとどうなるか。
それは、その物語と共に、その物語が立っている地点を示すことができます。
その物語が出現するまではバラバラだった作品が、一つの作品群になり、
一つの作品だけを見たら分かりにくかった、その作品が担う時代性や役割を
束ねることによってクリアにするのです。

そうするとどうなるのか。
まず、その物語の理解を推進することができます。
これは垂直、平行の物語と同じです。
そして、その物語を仮にでも「完」をつけることによって、
次のステップを開きます。

これが、円型の物語の持つ大きな特性です。
今自分が記憶喪失になったとすると、
自分のアイデンティティが分からず、自分の名前から探すことになるでしょう。
人間の記憶は曖昧で、時に自分の過去に疑問を持つことがありますが、
展覧会の場合は違う。
展覧会が終わっても、カタログとなり、一つの過去の仮説は保存されます。
他人が作ったものであっても、それを仮に自分が吸収したものとして
その次を探すことができる。

そして、円型の物語はキュレーションが最も作り易い物語でもあります。
ただ文脈を作るということではなく、完結した一を作る。

しかし、円型の物語は作ればそこで解決するものでしょうか。
それも納得のいく回答ではありません。
私は、円型の物語は他の円と共鳴してこそ価値が出てくるものだと思います。
美術史を直線に語るのはいかがなものか、という問題提起にも繋がるように、
円型の物語は時に接近し、時に離れることでより完結した円に近付いていくような気がします。
イメージとしてそれは、シャボン玉に似ています。


ドクメンタは、小さな垂直の物語を集め、一つの円型の物語を作りました。
ドクメンタが開催している間、各国のギャラリーでは出展作家の展示が多く行われ、
カタログや手軽なアーティストを紹介するリーフレットは様々な国で販売されています。

ドクメンタという大きな円はその後5年間のアートの指針を示すと言われています。
しかし、考えてみれば、「その後5年間のアートの指針を示す」との了解が、
ドクメンタを影響力のあるものに仕立てている気がします。
ほとんどの展示は、鑑賞者に影響を与えても
他の円に影響を与えることはないのですから。


以上、物語の構造について思ったことを三回に分けて書いてみました。
あくまでベーシックな意見ですが、こののちも展示の感想と合わせて
考察を深めていければと思います。

それでは、また近日中に。

20130318

垂直、平行、または円 物語の拡がり②



予想していたより早く更新できるようになりました。
最近は会田誠展が話題になっていますね。
性と暴力の表現のボーダーライン。
先日私が訪れたwithecube bermondseyではEddie Peakeがパフォーマンスを行っていました。
ロンドン動物園をイメージしたという囲い状の建物の中に服を着ていない男女が
生演奏に合わせて楽しそうに踊ったりくっついていたりしていました。
サイトには彼のパフォーマンスがあると載っていないので、
何も知らずに出くわした私は本当にびっくりして
よくも悪くも露呈する表現に対する認識のギャップを感じました。
Eddie Peakeのインタビュー映像。
TATEが制作しています。

余談はここまでで、本題に入りたいと思います。
今回取り上げるのはCarroll/Fletcherで行われたNatascha Sadr Haghighian。
Natascha Sadr Haghighianはベルリンを拠点に活動するアーティストで、ドクメンタにも参加していました。

まず最初にこの展示の感想を一言でまとめると、「難解」。
投稿のため随分リサーチを行いましたが、未だに彼女の取り上げた問題を消化しきれていないような気がしてなりません。
彼女は2011年にはBarcelona Museum of Contemporary Art(MACBA)で大規模な個展も行いました。
友人曰くその展示は素晴らしく、今回の展示もそのイメージなしには見ることができなかったと言います。

しかし、彼女の経歴の多くは謎に包まれたままです。
試しにCarroll/Fletcherで、彼女の経歴のページを見てみましょう。
そこには彼女のプロフィールは”www.bioswop.net”にて見ることができると書かれています。
そのサイトは彼女が2004年に「アート関係者がプロフィールを埋めるために、各々の経歴を交換し借りる」目的のために設立されたものという説明もされています。
bioswopでは更に詳しい情報を得ることができました。
簡単にまとめると彼女がそのサイトの役割として望んでいることは
「市場の交換価値を構成している」要素としての履歴書の価値を下げる」ことにあると分かりました。

このサイトのインフォメーションを見ただけでも推察できるように、彼女の主題は
社会における大きな権威やしきたりに疑問を投げかけ、問い続けることなのです。
もちろんその中には排他的で特権的なアート業界も含まれます。


展示の最初は部屋はこの作品から始まりました。
旅行用のキャスター付きトランクの持ち手がロンドンで見慣れたBoxtonというミネナルウォーターのペットボトルの上に乗っています。
トランクの中には電動機が入っており、一定のスピードでペットボトルを潰すのです。
そのすぐ側にはマイクが設置されており、潰される音が拡張されその作品の他に何もない響きます。
一目見ただけで何かの寓意と分かるその作品の詳細は、次の部屋へと続くのです。

その部屋にはいくつかのロンドンにおける「Boxton」受容に関する作品が"resurch display"とされ、展示されていました。
まずは飛行機がどこからどこへ飛ぶのか、その軌跡が書かれた地図です。それは1992年にEUの航空産業規約解除が如何なるインパクトを与えたのかを見てとることができます。
次にBoxtonの所有権についての会議合意書、そして遺影のように設置された公共の冷水機で水を飲む人たちの写真。

最後に床には20本の中に水滴があるBoxtonのペットボトルが20本置かれています。
この作品群はde Pasoと名付けられMACBAでの個展のタイトルにもなった、彼女の最近の活動を代表するような作品です。
綿密なリサーチに基づいて表現された展示。ペットボトルが潰される音はそれらの調査結果全てを凝縮し、隣のこの部屋にまで響いてきます。


地上階最後の部屋にあったのはunternehmen:Bermuda(2000)です。

これは彼女がArs Viva Awardの審査員にお願いして、その審議場所を道路の三角地帯にあるバス停へと変更したのです。
その三角地帯は病院、自然博物館、美術館をそれぞれの頂点に持つ場所で、彼女はアートと科学の衝突地点であり限界地点を示すためにその場を選んだと説明されています。
そこで当惑する審査員と楽しそうにプレゼンを行うアーティスト。
その模様は秘密裏に撮影され、作品となりました。

ドクメンタで展示されていた作品は、傾斜に第二次世界大戦のかれきを集め階段を作り、
録音された世界各国の言葉で動物の鳴き声をまねる音声が流れていました。
最後ははしごを登り、ドクメンタの会場を出ることができます。


示唆的で暗示的な作品。
Ai WeiWeiと同じように「社会派」として知られる彼女ですが、問題への寄り添い方は違っています。
彼女の作品は、もしキャプションが先にあれば、それをまず読んでしまったと思います。
ギャラリーでは入った瞬間にBoxtonを潰すスーツケースの作品があったので、
まずビジュアルを見て興味をそそられましたが、そうでなければ難しいキャプションを読むことに
疲れてしまったかもしれません。

ドクメンタでも同じようなことが起こりました。
一つ一つの作品が難解すぎて、カタログを手放すことができなかったのです。
(もちろんJanet Cardiff & George Bures Millerのサウンドインスタレーションなど
理論がわからなくても楽しめるものはありました。)

しかし、「難解」という価値判断が個人的なものからもわかるように、
この難解さは提示された問題からの距離によって生じるものなのではないかと考えました。
Haghighianは日本で知られたアーティストではないと思います。
それは、日本から彼女の提示する問題が遠すぎ、またヨーロッパにフォーカスしすぎているからです。
それが悪いわけではありません。
世界にアーティストはたくさんいるし、それ以上に取り上げられる問題はたくさんあります。
私たちは今、問題の表面をなぞり分かった気になるけど、
一つのペットボトルだけでも大きな問題があって、失われた歴史があるということを
Haghghianは教えてくれるのです。

やはり、アートは欧米で長らく発達してきたものです。
だから、ヨーロッパで、ヨーロッパの問題を深く掘り下げるアーティストもたくさんいて、
彼らの需要は多くあります。
しかし、日本でそれらの作品を紹介しようと思えば、
まず皆の興味をそそらず、その上膨大なテキストを必要とするために、
面倒なことになってしまうのは分かり切ったことです。

その点、前回のブログで取り上げた「平行な物語」モデルは取り上げやすい。
だから、日本では「平行な物語」が優勢で、人気を博しているのだと思います。

それと比べ、Haghghianは「垂直な物語」モデルです。
世界を転覆させることはできないかもしれないけど、小さなところから、
そしてそれを根本から見直そうという姿勢を感じます。
毎日退屈さを感じていたとしても、世界の細部はこんなにも複雑に絡み合っている。
その複雑さをもっと複雑にして、もっとおもしろくしたい。

Haghghianの日本語でのインフォメーションの少なさと
こちらでの人気の反比例は、私が日本とこちらのアートの需要の違いの面白さを感じた
一つのきっかけとなりました。


ロンドンは今日も曇り空です。
また、近いうちに更新します。

20130314

垂直、平行、または円 物語の拡がり①


現在地はロンドンです。
日本は暑いと聞いたのですが、こちらは毎日雪が降っています。
新しい法王が決まったようですね。
こちらはそのニュースで持ち切りです。

さて、つまらないことは最後に書くとして、
今回は主題の設定について考えてみたいと思います

参考にするのは、次の3つのアーティスト/展示です。
垂直型:Natascha Sadr Haghighian(Carroll/Fletcher,7/20-9/22)
平行型:Ai Wei Wei(Lissonなど)
円型:A Bigger Splash: Painting after Performance(Tate Modern,11/14-4/1)
まず、本題に入る前にこの問題を考えた動機を少し。
もうずいぶん前のことのように感じますが、先日総裁が変わる選挙がありました。
私にとって初めての選挙となり、連日主にネット(ツイッター、fb)から情報収集を行いました。
最もよく目にしたものは「震災後初の選挙で、日本を変えなければならない」というものです。
簡単に言うとそれは「選挙に行こう」、「既存の政治を考えなおそう」という風潮でした。
しかし、蓋を開けてみると自民が圧勝で投票率は低い。
もちろん私の見ていた情報に偏りがあったことも考えられるのですが、
これだけ個人が情報を発信し、それが重要視されるようになったのに
社会への実際的な影響力のなさに少し驚きました。
まだまだネットで可視化されていない人達が社会を動かしていて
こちらは少数派なのかもしれない、それが私の持った率直な感想です。

話は変わって、ジョルジュ・プーレというベルギー人の批評家がいます。
彼の詳細については省略しますが、彼が『円環の変貌』という著作の中で
人類の思考は捉え方が変わっていくだけで結局一つのコンパス(円)しか使っていない 
というようなことを言っていました。
古くは、円は神の象徴だったそうです。
円には終りもなければ始まりもなく、完全な形であり、また完璧な円は自然界に存在しない。
プーレはその「円」が神の象徴だったものから人間がそれを自分たちの象徴とするまでを論述していきます。
まあ、そうだね、と。
今でも人間は絶対的なものや、世界の中心を目指します。
億万長者や不老不死、それは人類の普遍的なテーマのような気がします。

たしかに、リオタールの「大きな物語の終焉」(1979)、
すなわち「もうみんなで共有できる価値とか、夢はない!」という言葉は説得力があります。
趣味は多様化するし、それが理解されなくてもネットで共有できる。
しかし、一概にそれを受け入れてもいいのかという疑問が、選挙やプーレから紡ぎ出されました。

前置きが長くなりましたが、ここから本題に入ります。
これらの動機から、今回は物語の構造とその共有について、大胆にも3つのタイプに分類し、考察できたらと思います。
そして、折角こちらにいて上質な展示を見る機会が多くあるのでついでに展覧会評も行っていこうと思っています。

まず、馴染みの深い作家、Ai Weiweiから。
アーティストの影響力をランク付けするpower100で1位に選ばれたAi WeiWei。
反社会的な作風で知られる、中国を代表する作家。
北京オリンピックの時スタジアムの設計などを依頼されるものの、
当局に拘束され、世界的な注目を浴びる。
去年の夏はAi WeiWeiを見ないことがなかったほど、ヨーロッパでは人気者でした。
ドイツの大学で教鞭をとることが決まったことも影響したのでしょう。
ロンドンのTATE Modernのエントランスに設置された、
一面を陶器でできたヒマワリの種で埋め尽くす作品は常設に移動され、

Lisson GalleryではNever Sorry、また壁にはストリートアーティストによる落書き。

Sarpentineギャラリーの野外での大型展示。

オスロの現代美術館でも紹介され、ベルリンでも展示。
日本ではここまで騒動になる前に森美術館で紹介されていましたね。

かつての日本がそうであったように、いまや中国は最も注目すべき国となりつつあります。
独特の政治形態、人口の多さ、ビジネスチャンス。
文化の近い日本人から見ても驚くようなニュースがたくさん舞い込んでくる中、
(偽緑化ではげ山をペンキで緑に塗ったニュースは衝撃を受けました)
ヨーロッパから見た中国は未知の場所。
しかし、中国資本の台頭によって、ロンドンでは中国語しか書かれていない商業ポスターがバスの側面になったり、地下鉄にあったりします。


じわりじわりと近づいてくる中国。
その現実を切り取り、批判し、体当たりするAi WeiWei。
「中国が大変なことになっている」のは分かっているけど、「具体的にはよくわからない」。しかし、ヨーロッパにとって中国が「脅威となっている」ことは実感している。
「知りたいのに知れない。」その葛藤を見事にアートという切り口で、反社会的という、ヨーロッパが「見たい視点から」、翻訳してくれたのがAi WeiWeiなような気がします。
今彼は、アーティストというかアクティビストであるという印象を受けますが、
物的な作品もしっかり作っていて、展示はいつも見ごたえがあります。

けれど、いつも彼の展示を見て思うのは、「あくまでこれは一つの見方である」ということです。
何の事柄についても、幾通りの見方があるし、客観的な視点は必要です。
ただ、Ai WeiWeiの場合、なぜか作品に魅了されてしまう前に、若干冷めた視線を持たざるを得ないのは、彼があまりにも「他言語に翻訳されすぎている」という面があるからです。
逮捕騒動など彼の生き様そのものが中国におけるアーティストを体現しているとは思います。ただ果たしてここまで翻訳されてしまった彼の主題はアクチュアルな問題を捉えているのか、ニュース報道のように外からの目線で目につく問題を提示しているだけではないのか。
そういった考えが脳裏をよぎるからです。

例えば、最近日本で映画、「レ・ミゼラブル」の大ヒットがありました。
NHKで映画評論家の人がインタビューされていたのですが、彼は
最近洋画が日本で受け入れられにくかった傾向があり、驚いている と話していました。
NHKはその結果の分析として、ミュージカル映画は普通先に音を取って、それを映像にあとから合わせる方式を取るが、レ・ミゼラブルは役者に歌いながら演技をさせることで、「感情移入をしやすい仕組み」を作ったことが功を奏したのではないか、と言っていました。

その仕組みについては関係ないのですが、その「洋画が日本で受け入れられにくい」ということ。
特にハリウッド映画は日本で人気を博した長い歴史があります。
しかし、近年は旅行が容易になって、文化に対する物珍しさがない。
絵になる風景は付加価値とならない。
そうなると、より深く複雑なコンテクストへの共感が鍵となります。
深く複雑なコンテクストを洋画に求めると、根っこが違うハリウッド文化には共鳴しにくい。
そこにその要望に邦画が答える。そうなると洋画離れはしかるべくして起こったのではないかと思います。

このことからも分かるように、広く受け入れられるものは広く翻訳されやすい仕組みがある。アジアやアフリカのアーティストがよく使う戦法だと思います。
しかし、洋画離れの例から分かるように、それは表面をなぞるようなもので、とっつきやすく、ポップなものにしなければならない。
いわば、遠くにまで浸透させるように、「横に伸びる平行な線」を使い、物語を作るのです。

その根の深さを伝えるのは、次の段階の話で、Ai WeiWeiに限って言うと、彼が一人でできる仕事ではないかもしれないし、彼の死後、振り返ってみてその深さに気づくことができるのもしれない。

大きな物語はもうないかもしれない、でもそれを作り出し、社会を変える。
彼にはそういった力を感じます。
「平行型」の物語には、人を巻き込み、心の片隅に留めておく効果があるからです。
「コンテンポラリーアートとは、何らかの形ではなく、社会における哲学である。」
彼のこの言葉に、その姿勢が現れているような気がしました。


いくら気合いを入れても、結局時間がなくブログを更新できないということがわかりました。この続きがいつになるかわかりませんが、できるだけ早く更新できたらと思います。

20120827

Nancy Holt at Haunch Of Venison



半分勉強、半分避暑の目的で訪れたロンドンですがしばらく25℃を超える暑い日が続きました。
今はロンドンを去り、また空の上で文章を書いています。
次の目的地はスカンジナビア半島、ノルウェーです。

ロンドンではセントマーチンズの短期コースでみっちり勉強してきました。
その中でロンドンのアートシーンについて有意義な学びと、素敵な出会いがありました。それはまた追々。

さて、8日間のみの滞在でしたが今回は20くらいのギャラリーを巡ることができました。
前回の投稿で宣言した通り、少しずつレビューを行いたいと思います。
twitterでも少しずつ紹介をしましたが、時間のある時に少しずつまとまった文章を書き溜めます。




―まずはHaunch Of VenisonのNancy Holtから。
Haunch Of Venisonはクリスティーズから多くの支援を受けて運営されているギャラリーです。 ロンドンだけでなくニューヨークにもスペースを持っています。
ロンドンのHaunch Of Venisonは二つあり、今回紹介する大きなスペースの方は、ロンドン最大のショッピング街であるBond StreetとOxford Streetのすぐ近くにあります。
天井が高く日光が差し込み、気持ちのよい2階建てのスペースです。地下にはブックショップもあります。



去年の冬私が訪れた際は「THE MYSTERY OF APPEARANCE」と題された、戦後重要な役割を担った10人のイギリス人ペインターの展覧会がありました。



ベーコンやルーシャンフロイド、ハミルトンやホックニーなど癖のある”扱いにくい”ビックネームばかりを集めた展示でした。しかし、彼らの人間関係に着目し各々の作品に現れる影響関係を提示したキュレーションは、彼らの切り開いた新しい地平線を見事に伝えるものでした。
いいスペースとマスターピースの作品(中には初展示のものもあったそうです)+緻密なリサーチに基づいたキュレーション。大変感銘を受けたことを覚えています。



今回の展示はNancy Holt。
1960-1970年代に盛況したランド・アートにおいてビデオやフィルムを使った表現のパイオニアとして知られるアメリカ人作家です。
(こちらではかなり名前の通るアーティストです)
「Photoworks」と題され彼女の写真ばかりを集めたこの展示は、彼女にとってロンドンでの初個展となりました。

ランドアートと聞いて誰が思い浮かぶでしょうか?
彼女の夫でもあるロバートスミッソン、

20世紀最も美しい写真とも言われた作品を撮ったヴォルター・デ・マリア、

パリのモニュメンタで素晴らしい展示を行ったリチャード・セラ。


しかしこれらの名前を見た時、彼らについて作風の関連性以外で大きな共通点に気づくはずです。
彼らは皆、男性であると。

1960-1970年代。ちょうど「ウーマン・リブ」の運動が始まった頃です。
この活動の中では社会的な差別だけでなく、ステレオタイプなイメージに潜む性差別など日常的な部分にも言及し、後に大きな影響をもたらしました。
その運動が盛んにだったことからも分かるように、当時のアメリカやヨーロッパでは女性の社会進出が盛んとは言えなかった時代です。
特に「男性的」なイズムが強調されたランド・アートにおいてNancy Holtは唯一の女性作家だったことは特筆することができるでしょう。

たしかに彼女の作品は深く自然と関係を持ちながらもセラやロングのような大規模な設置作業はせず、小さな変化を見つけることから作品作りが始まっているような印象を受けました。


また「Photoworks」というタイトルからも分かるように、それらの写真はプロジェクトの記録ではなく写真それ自体を見せようとする試みのようにも見えるのです。
(この視点についてはカナ大先生:通称未熟ちゃんに重要な鑑賞ポイントのアドバイスをいただきました ありがとう!)
それを実証するかのように、光と影の織りなす動きを撮ったまるでドローイングのような作品:Light and Shadow Photo-Drawings(1978)が展示されていました。

そして経路を順にたどっていく最後の2階の展示室では西洋のお墓を写したパネル群が展示されています。
「死」のイメージを感じされるその作品は、例え大規模なプロジェクトをしなくとも同じように被写体の持つ力強さを表現する彼女の特質を伺うことができました。


2012年のロンドンオリンピックでは史上初めて、全競技に女性が参加できるようになったことが話題になりました。 (会期に間に合わず見ることができませんでしたが、ガゴシアンはブランクシーとウォーホールのオリンピック特集でした)


「女性は勉強ができなくてもいいから、家事をしなければいけない」、そういう価値観はもう珍しくなりました。
その現在の価値観でNancy Holtを再検討してみると、彼女が「ランドアーティスト」という以外にも当時の雰囲気を体現していたこと、それにやっと人々は気づくことができるのだ、ということが理解できたのです。
そして、それを如実に示すことができるのは彼女の写真作品であることは間違いないでしょう。
今回もHaunch Of Venisonのディレクションチームはよい仕事をしてくれていました。

ちなみに次の展示は2007年のターナー賞にノミネートされたNATHAN COLEYへと続くそうです。これも面白そうですね。


それではまた近日中に更新できるように頑張ります・・・。